崩壊した玄界島集落の復興計画が決まったのは、
背山を含めた地盤の安全性について、土木的レベルでの判断と対策の決定が前提でした。
この経験から、今は、まず、土木レベルでのアイデアが求められると考えます。
あまりにドラスティックなアイデアは、結局、出来ません。
残った町の部分やシステムを活かし、自力+支援再建を可能とし、
今はガレキの下になっている土地権利の移動(買収など)は必要最小限にして…
風景/風土をまもり・つくり、人を信じ(ヒューマン・コントロール)、
まちづくりレベルにつながるアイデアとして…
下は、陸側での防災/減災の備えのイメージです。
避難距離・時間を考えて、必要なら数本。三陸のV字谷をつなぐ形で。
「命の城、慰霊の丘」