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2011年 03月 28日

岩手県大槌町・津波レポート by 猿舘祐子

みなさん、情報が多くてごめんなさい。
猿舘さんとドイツをつなぐ、支援のための現地レポートです。
ぜひ読んでください。

花巻市東和町 猿舘です。
3月26日に釜石の北にある大槌町にいってきました。
リポートとして送らせていただきます。

避難所とは違った形で、地域住民の方が気楽に集まって、
不安や苦しい胸の内を吐きだせるところが必要だと感じました。

その意味でも、つつみ保育園の地域に対する役割は
今後大きくなってくると思います。
よろしくお願いいたします。

猿舘祐子

■岩手県大槌町・津波レポート

3月11日の東北関東大地震で津波の被害にあわれた大槌町に、小原ナオ子ファミリーと共に、3月26日に行ってきました。
「言葉にならない」という言葉は、こういうことなのかもしれません。
信じられない光景の連続でした。
社会福祉法人 つつみ保育園(大槌町吉里吉里地区)を訪問しました。
  
この周辺にも津波がきました。つつみ保育園は、この坂の上にあります。隣は避難所になっている吉里吉里小学校。
  
土曜日ということもあり、子どもたちは少なかったです。お昼寝の時間でした。ここに通ってこれる子どもたちは
まだ、幸せです。車がないため通えず、壊れた家で孤立している親子が多いそうです。

   
先生の3分の2が家を失いました。保育園で生活しています。 停電、断水が続いています。廃材を利用して、外で焚き木をして暖を取ります。
左の写真の女性が、今回の訪問に対応していただいた芳賀カンナ先生。男性2人は、芳賀先生の漁師の弟さんとスーパーの魚屋さんの御親戚の方。彼らも家や職場を流されて、ここで共同生活を送っています。震災後、非常に治安が悪くなり、保育園に男性がいることは力強いことでしょう。
地震があった時間は、お昼寝の時間が終わり、子どもたちを起こしている最中だったそうです。こどもたちを全員外に出し避難した後、園庭から海を見ると津波がやってくるのが見え、大声でまちを歩いている人たちに、上にあがれと知らせましたが、津波の勢いが早くて、あっという間に飲み込まれていったと話してくれました。
 
明るいうちは、子どもたちのお世話をしたり、体を動かしたりと気が紛れているのですが、夜、真っ暗な中で
ローソクの灯を見ていると、いったいどうなっていくんだろうという、いたたまれない気持ちになるそうです。
「原発事故が起こって、もうみんなは私たちのことなんて、忘れてしまってるよね」 彼女がポツンと言いました。
物資を提供するだけでなく、被災したみなさんの心に寄り添いながら支援を続けていきたいと思います。

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友人小原ナオ子さんと猿舘祐子の支援プロジェクトは、この東北関東大地震で被害に遭われた方たちを支援していきたいと、今回チームを組んで始めたものです。互いのネットワークに協力を募っていますが、私たちが考えている以上に支援の輪は広がってきています。今後については
 ◎吉里吉里地区のつつみ保育園を拠点にして支援を開始します。
     支援方法 
•つつみ保育園保育士の芳賀カンナさんと、物資、量、期日、場所、方法について事前に連絡調整する。
•運搬車を調達のうえ、現地に出向くスタッフを決定、現地対応をしていく。

拠点となるつつみ保育園の役割としては
•ライフラインが機能していない地域住民の地域情報を収集する場(コミュニティの場)
•全国からの情報を収集する場(正確な情報を知ることが出来る)
•他の保育園、幼稚園との連携、及び支援物資の共有
•必要な物資、支援を受け入れる場
•被災した親子の心の拠り所になる場
今後、私たちの活動との関わりの中で、生まれてくる役割だと考えます。
以上、今現在の進捗状況です。
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by the-road-of-japan | 2011-03-28 14:40 | ?鈴木輝隆氏からの情報


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