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2011年 06月 20日

6月18日大槌中学吹奏楽部に楽器を贈呈しました!

仙台から車で4時間かかるところです。瓦礫はきれいに肩付き復興計画を待っている状況でした。
ちょうどこの日は、被災から100日、合同慰霊祭が行われていました。
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by the-road-of-japan | 2011-06-20 10:02 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 06月 16日

いよいよ 6月18日に大槌町へ楽器を寄贈してきます!

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こんなに沢山の楽器を寄贈することができるようになりました。
皆様のご協力に感謝いたします。
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by the-road-of-japan | 2011-06-16 02:59 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 06月 12日

平成23年5月10日 東日本大震災復興構想会議決定  復興構想7原則 にたいする意見(丸谷博男)

忙しくしているうちに、復興構想会議の「復古構想7原則」という重要な文章を、気づかずにいました。今日はこの文章に対する私の意見を述べます。
皆様も、一緒に考えてみましょう。すでに、見ている方はもう一度。

平成23年5月10日 東日本大震災復興構想会議決定 
復興構想7原則 にたいする意見(丸谷博男)

「東日本大震災復興構想会議」においては、4月14日の第1回会議以来、精力的に審議を重ね、また、一連の現地視察を実施した。
6月末目途の「第1次提言」に先立ち、本日、当会議は、「復興構想7原則」を策定したので、これを公表する。今後、この7原則に基づき、各界・各層のご意見を仰ぎつつ、さらに議論を深め、未来の日本にとって希望となる復興の「青写真」を描いていきたいと考える。

原則1:失われたおびただしい「いのち」への追悼と鎮魂こそ、私たち生き残った者にとって復興の起点である。この観点から、鎮魂の森やモニュメントを含め、大震災の記録を永遠に残し、広く学術関係者により科学的に分析し、その教訓を次世代に伝承し、国内外に発信する。

(意見)本当に大切な事は、何だろうか。
原則の第一番に、モニュメントのようなものづくりの話しが出てくるのは残念に思う。
自然現象をしっかりと科学的に受け止め、私たちのまちづくりのあり方が自然現象に対してあまりに人間本位、経済本位に陥っていた事を反省し、自然との共生、地球環境との共生をまずは、宣言する事が第一番に必要な事ではないだろうか。


原則2:被災地の広域性・多様性を踏まえつつ、地域・コミュニティ主体の復興を基本とする。国は、復興の全体方針と制度設計によってそれを支える。

(意見)既存の地域コミュニティを主体とする復興という基本方針には異論はない。
ただし、既存の地域コミュニティをそのまま肯定する事には問題がある。地域資源と地場産業が高齢社会によって維持されていたこと、その高齢社会の基盤が崩壊してしまった時に、その復興には経済的な展望と若い力が必要であること、そして地場産業がけして安定した状況の中で維持されていたわけではない事を明らかにし、日本の経済構造、都市構造に対しての反省と、地域経済への見直しが必要である事を明記しなければならない。


原則3:被災した東北の再生のため、潜在力を活かし、技術革新を伴う復旧・復興を目指す。この地に、来たるべき時代をリードする経済社会の可能性を追求する。

(意見)原則2と同様。あまりにも情緒的で現象的なことばでしかない。理念のない空虚感が残る。

原則4:地域社会の強い絆を守りつつ、災害に強い安全・安心のま
ち、自然エネルギー活用型地域の建設を進める。

(意見)地域社会の強い絆が、今回の被災ですでに崩壊しつつある事。若い人々は働きの場を求めて他地域へと動き始めていること。高齢社会が復興への経済再建に立ち向かいにくい事。これらを踏まえた地域の姿を描き出さなくてはならない事をまず、明言しなくてはならない。
たとえば、高齢家族には一戸建てで暮らす事が困難であれば、福祉型共同住宅、グループホームなど公的支援のもとでの、暮らしの確保が必要となる。また、個人での農漁業も、負債からの出発となるため、個人の負債とせず協同化による法人経営という近代化も必要となる。また、産業のあり方も生産の合理化という視点も欠かせない。少ない若手が地域産業を牽引して行ける姿はこの方向にあるはずである。そうした、復興の方向性があって、各種施設や住宅が自然エネルギー活用型になって行く必要がある。
あまりにも、情緒的な言葉だけが列記されているという印象を持たらざるを得ない。


原則5:被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。この認識に立ち、大震災からの復興と日本再生の同時進行を目指す。

(意見)同上である。基本構想であれば、基本姿勢が詠われていなければならない。

原則6:原発事故の早期収束を求めつつ、原発被災地への支援と復興にはより一層のきめ細やかな配慮をつくす。

(意見)ここでも情緒的で、原発振興型の経済社会のあり方、政府の姿勢への反省がない。
原発の早期収束のためには、これまでの原発振興型の研究者や技術者育成を反省し、安全のための意見と技術を国民に公開し、明らかにしてい行く姿勢が必要であった事を明言しなくてはならない。
脱原発を明記し、自然エネルギー活用の地域振興を原発被災地域から進めて行く事を明言しなくてはならない。その事が地域住民への最大の勇気付けとなるに違いない。


原則7:今を生きる私たち全てがこの大災害を自らのことと受け止め、国民全体の連帯と分かち合いによって復興を推進するものとする。

(意見)それぞれの地域が、それぞれの世代が、この復興にどのように関わるべきか、その方向を示すとともに、同じような状況が日本列島の各地に潜在している事を確認し、被災地域の社会の復興は、被災地域にとどまらず、日本の社会構造の変革でもある事を明言する必要がある。
つまり、地球環境との共生、自然エネルギーの活用、高齢社会となっている地方経済を再構築して行く中に、地方の希望が湧き上がり、地方の中から情熱とエネルギーが湧き、再生して行く姿を示さなければならない。まさに、日本復興の道を示さなくてはならないのである。

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by the-road-of-japan | 2011-06-12 05:37 | ☆復興全体像への提言
2011年 06月 09日

人間が刻む 大地が刻む

・・・・・・・・・

地球が叫ぶ。

大地に衝撃が走り、大地が飛び上がる。
動かないと思っていた大地が、船のように揺れ移動し、その形を変え何十メーターと
広がり大きく沈下した。
その上にある あらゆるものが飛び上がり 飛び散った。

人々は 恐怖に泣き叫ぶ。
あらゆる人工物が破壊し、大地とともに飛び上がり、続いて襲って来た津波に、巻き
込まれて行った。
人々は 自然の猛威に 立ち尽くすしかなかった。

津波に 引き込まれた人々 生き残った人々。
その選択は、運命。結果という事実だけが そこにあった。
何の理由もない。 その重たい事実を 人々は黙して 受け止めるしかなかった。

人々とともに、何億倍と言う生物の命も津波に巻き込まれて行った。

逆に海で生息していた生物達も、陸に打ち上げられ死んで行った。
海の底の地図も根本からひっくり返された。

人々が暮らしつくり上げて来た土地の姿。
それが地図だった。

地図は、人々の生きた姿であり、歴史であり、人々の暮らしの刻印であった。

その地図が、あっという間に ヘドロと 人々が創り出した工作物の瓦礫となった。
自然現象が創り出した新しい地図。それが、大震災の結果だった。

瓦礫の中に、あらゆる生物の死骸もあった。多くの人々も瓦礫の一つとなっていた。

生き残った人々は、その瓦礫を掘り起こし、人間の死骸と残骸を探し求め、鎮魂した。
生き残った人々は、再び立ち上がり、人間の暮らしを求め、命を全うし始めた。
また地図を描き始めた。

生きる事が命。
生きる事が暮らし。
生きる事が人間の地図描き。
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by the-road-of-japan | 2011-06-09 05:06 | ★趣旨/呼びかけ文
2011年 06月 07日

仮設でない永住の家建設へ 工学院大、絆重視し被災地に

工学院大学(東京)の建築学者らが、東日本大震災で被災した宮城県石巻市で永住型の木造住宅の建設に乗り出す。土地を借り、地元の木材を使って7月に10棟を完成させる計画。政府が急ぐ仮設住宅づくりではなく、永住を前提にコミュニティーも育てる狙いだ。

 場所は、津波の難を逃れた標高30~40メートルの高台。木造2階建て(延べ床面積約66平方メートル)と平屋建て(約43平方メートル)の計10棟で、室内から木の柱やハリが見える伝統工法を採用。寒冷地用の断熱材や二重サッシも使い、5月中旬に工事を始め、2カ月ほどで完成予定だ。施工は同県登米市の工務店。経営する伊藤秀夫さん(57)は「地元の材木を使い、被災した職人を雇いたい」と話す。

 住宅とともにコミュニティーの構築を目指し、独り暮らしの高齢者や震災孤児が一緒に生活できる住まいにする。浴室やトイレを共同で使って2階建て住宅に2世帯が暮らすことも想定している。地元の漁師、佐々木義延さん(48)は「仮設ではなく、自分たちの住まいが決まるのは安心する」と話す。

 計画が成り立つのは民間の支援があるから。約2千平方メートルの土地は仙台市の医師から工学院大が低額で借りる。住生活グループは計画の学術的な価値を評価し、被災者支援の意味も込めて工学院大に最大2億円ほどを寄付するという。

 入居者は大学と25年間の定期借家契約を結び、借地料(月3千円超)を含む毎月の負担は、2階建て住宅で1万7千円という。大学は家賃収入を石巻市に寄付し、将来は市か自治会に権利を譲りたい考えだ。

 提案者の一人、工学院大の後藤治教授(日本建築史)は、平地が少ない三陸沿岸では、仮設よりも永住向きの住宅をはじめから建てる方が合理的だと考えている。「仮設だけでなく、被災者が長く住める家を早く供給することが必要だ。民間が支える枠組みの部分を政府が代行し、各地で早期に恒久的な住宅をつくることは可能だろう」と話す。
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by the-road-of-japan | 2011-06-07 07:01 | ♬復興住宅への提言/アーカイブ
2011年 06月 07日

杉本洋文氏&東海大学チャレンジセンター「3.11生活復興支援プロジェクト」 応急住宅「どんぐりハウス」 2

杉本洋文氏&東海大学チャレンジセンター「3.11生活復興支援プロジェクト」 応急住宅「どんぐりハウス」 図面
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by the-road-of-japan | 2011-06-07 06:56 | ♬復興住宅への提言/アーカイブ
2011年 06月 07日

東海大学チャレンジセンター「3.11生活復興支援プロジェクト」 応急住宅「どんぐりハウス」 1

杉本洋文(東海大学教授)氏のプロジェクト

1:プロジェクトの概要

このプロジェクトは、今回の震災直後に企画し、東海大学チャレンジセンターの「特別プロジェクト」に認定され、組織、資金など準備を整えながら活動を開始している。大学は全国にキャンパスを展開し、多彩な人材とネットワークが備わり、多様なリソースを活用・連携させて立ち上げた。大学の学生を主体に、教員・卒業生・外部専門家等が協働し、それぞれの役割を担いながら「プロデュースチーム」、「応急住宅チーム」、「ライフメディアチーム」、「コミュ二ティケアチーム」の4つのグループで活動を組み立てている。
最初に、全体の司令塔となる「プロデュースチーム」を立ち上げ、企画、調整・資金・広報を担当し、次に、時間の必要な「応急住宅チーム」の資材調達、設計活動を始め、ふたつの「ライフメディアチーム」と「コミュ二ティケアチーム」のソフトチームは、これまでのセンターでの活動を見直し、振り替えられるプロジェクトを選考して組み立てている。新年度早々に本格的な活動に向け、まさしく走りながら推進している。

2:木造応急住宅の背景

中でも応急住宅は、4年間の活動実績を持っている「平塚ビーチハウスプロジェクト」(新建築0910・1103)を、急遽「応急住宅プロジェクト」に変更した。
そもそも、この「平塚ビーチハウスプロジェクト」は、2004年の新潟県中越地震時に、神奈川県県西部の森林・林業関係者で構成された「森林再生フォーラム」に「丹沢・足柄まごころハウス」を提案した経緯からスタートしている。この時には、学生と一緒に設計・建設を担当して、多くの経験を得ることができた。
そして、日常的にこうした活動を学ぶ場が必要と考え、2007年度から大学1年生の「建築デザイン2・同演習」の最終課題で取り組み、次年度の4年生が中心となって実現させる仕組みである。これにより、毎年、新しいビーチハウスが建設され、多くのノウハウを蓄えることができた。さらにグッドデザイン賞受賞などの外部評価も得られ、プロジェクトの体制づくりができつつあった。
今年度の準備中に震災が起こり、直ぐに活動内容を変更した。新潟県中越地震の応急住宅の建築システムを検討した結果、合板や金物などの資材不足への対応、加工技術の簡素化を考える必要があった。そこで、私が既に研究して実績のある製材の木材を活用した「ウッドブロック構法」に着目して、設計を開始した。現在、設計が完了して、部材の試作でチェックを行い、建設準備段階に入っている。


3:森林資源を活用して海手の町を山手の町が支援

今回、応急住宅を木造で計画したのは、現在の日本の森林・林業に注目しているからで、昨年、国は公共建築を木造化する法律を成立し、今年度から本格的な普及へ向けてスタートしおり、森林資源の活用が求められていると考えたからだ。本来、こうした事態に備え、事前準備を整えておくべきでであった。今回こそが実現をさせる絶好の機会である。そこで、私たちのような研究者で建築家が先鞭をきる役割だと考え、早期に取り組んだ。
今回の災害地は、森林資源が豊富な地域であり、環境に優しい復興と森林再生と被災者就業支援を一挙に実現させる仕組みづくりが大切で、多くの知恵を結集しなければならない。国土緑化推進機構がスタートさせた活動との連携や支援を統合して活動を拡げて行く活動も同時に行っている。
今回の震災は、国内ではかつて経験のしたことのない未曾有の規模と内容なので、これまでの復興とは異なった視点に立つ必要があり、豊富にある森林資源を活用し、森林・林業の再生を実現させ、環境循環型の社会構造への転換の機会にすべきで、東北地域こそ、そうしたエコの先進地として復興させ、地球規模で注目されていることに対して、日本の答えとして示して行きたい。

4:応急住宅「どんぐりハウス」

このシステムは間伐材に注目して、主にスギ材をイメージして計画した。応急住宅は、さまざまな基準から、規模は約9坪以下で、予算は240万円以下を目標としている。建築システムには、国産材90mm角で長さ3mを使い、ビス止めを基本とした「ウッドブロック構法」である。
9坪を、3間×3間で計画し、住宅を始め、ボランテアセンターなど、多様な用途に活用できるオープンプランとしている。そして、応急住宅と言えども、今度の震災の経験からエコシステムを備えた環境に優しい設備システムを同時に導入して、新たなライフスタイルを実現できる建築システムとした。現在、山手の町に集団移住する計画も持ち上がっており、この応急住宅で被災地の仮設村計画や移住村計画も同時に検討している。 
今回は、豊富な森林資源を活用した「なりわい(生業)の循環」が生まれる仕組みづくりが、生活復興にとって重要な視点だと考える。
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by the-road-of-japan | 2011-06-07 06:49 | ♬復興住宅への提言/アーカイブ
2011年 06月 06日

福岡市内の「ハイダルの店」で震災を考える会開催!

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バングラデッシュ出身で福岡でカレー屋を営むハイダルが取り組んでいます。
福岡の皆さん、よろしくお願いいたします。
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by the-road-of-japan | 2011-06-06 20:35 | ♢♥♤♣世話人丸谷博男の紹介
2011年 06月 06日

hot share & cool share

■仕事を通して発見

多摩美大のゼミで、大震災に対して学生が発案しアクションを起こしはじめた事がありました。
「cool share」という運動です。
この動きに賛同し、私が企画デザインをしていた7~9月のイベント(フランス大使館後援、ジャパンインポートシステム主催)に盛り込むことにしました。
そのコンセプトは、下記の通りです。

フランス産ラム酒で心は熱く、気持ちは涼しく

HOT SHARE & COOL SHARE

世田谷の喫茶店の店主 「昼間の家庭で主婦が一人クーラーをかけるのは止めて、お店にいらっしゃい!そうすれば、節電になります。読書もいいし、お友達とおしゃべりもいいし。いいアイデアでしょう。」

銀座のバーテンダー「独身の人、お子さんがいないご夫婦、仕事の帰りに内の店にお寄りなさい。節電になります。」

一家団欒で、個室から出て居間で何でもやりましょう。これも節電になり、家族の交流ができます。これも節電です。」

そして、お店では、一客来店につき50円の「HOT SHARE & COOL SHARE 基金」に寄付できます。東日本大震災への支援金となります。

HOTに楽しんで、COOLを節約し、支援ができる仕組みです。

この企画は、7月中旬からから9月4日まで有楽町駅前の交通会館の1階のカフェをお借りして共同企画で行ないます。
銀座有楽町東京の町おこしを意識しています。
現在参加表明していただいている銀座のバー20件ほど、その他丸の内の飲食店などに募金箱を置き、東日本大震災への支援金としていきます。この募金箱の管理を「日本の道」で行ないます。
これは、全国に広げることができ、「HOT SHARE & COOL SHARE」と言ってお店に入ると募金箱に50円が入る仕掛けです。
賛同していただけるお店を見つけましょう。簡単なチラシと募金箱に貼るシートを作成します。
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by the-road-of-japan | 2011-06-06 09:21 | ●hot share & cool sh
2011年 06月 06日

大槌町の大槌中学校§吉里吉里中学校の吹奏楽部に楽器を届けます!

■5月7日に開催しましたチャリティジャズライブの義援金の件です。
大変時間がかかっています。

その後ピアニカを小学校に送ろうと現地の方(釜石市の演奏者の兄上)に動いていただき検討してきましたが、現地(釜石市)の小学校では、自分の小学校だけに送られては困る、みんな一緒でないとと言われまして、小学校への支援はあきらめました。

さらに、現地の方が探しまわってくださり、釜石市の隣の大槌町に至りました。
大槌町の2つの中学校(吉里吉里中学校、大槌中学校)が合併している中学校があり、そこの吹奏楽部が楽器が無く困っているという事がわかり、義援金での購入と中古の楽器をこれから集め送ることにしました。

6月18日には、大槌町にトイレの供給の事で行くことになっているため、その時に楽器をお渡ししようと思います。時間がありませんが、皆さんの知り合いで楽器提供できる方がありましたらお知らせ下さい。

また、クラシック関係の友人達が動いてくださっています。
東京シティフィルハーモニック管弦楽団のほか、プロ、アマチュア吹奏楽団、楽器輸入業者なども連絡してくれるようです。

石巻の中学校の吹奏楽部はテレビ取材などがあり、皆様もご存知かと思いますが、全国から楽器が寄せられていました。よろしくお願いいたします。
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by the-road-of-japan | 2011-06-06 09:01 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団