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カテゴリ:♦被災市町村長のメッセージ( 10 )


2011年 04月 12日

仙台市・奥山恵美子市長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎市民一体で街づくり
 ―東日本大震災から1カ月たった。今どう受け止めているか。
 「津波は想定の4~5倍先に到達し、被害の規模や広がりは防
災計画を根底から覆した。通信の途絶と燃料不足が長期化し、社
会システムの立ち上がりも遅れた。住民の生命を守ることが最優
先の自治体として、震災への備えが甘かった」
 ―初動で、本庁と区役所との連携がうまく取れなかった。
 「内線がダウンし、震災後4、5日間は災害対策本部の決定が区
役所に伝わるまで、相当の時間がかかった。区役所は苦痛だろう
し、本庁にも徒労感があった」
 「個を取るか、全体を取るか、修羅場で究極の二律背反に迫ら
れた。避難所で1日1、2食しか提供できない状況もあったが、まず
は市全体の総量確保に努めた。多くの市民に大変な我慢を強い
たことをおわびする」
 ―沿岸部が津波で壊滅的なダメージを受けた。
 「防災と農地回復という二つの観点を見定め、復興を進める。地域のつながりが失われては、農業
は続けられない。住み慣れた愛着のある土地に戻りたい人もいる。コミュニティーのまとまりを基本
に、丁寧に被災者と話し合い、納得が得られるまで一緒に歩みたい」
 ―地域での生活と雇用、経済の立て直しが急務だ。
<住宅再建を優先>
 「向こう1年間はがれきの処理と被災者の住宅再建を最優先で取り組む。中小零細企業への支援
策は融資制度はあっても、補助制度がない現状を危惧している。伊藤(敬幹)副市長を中心に事業所
のヒアリングを早急に行い、具体的な支援制度を設計したい」
 「農業で緊急を要するのは用水路の復旧。被災農家も参加できるような、雇用対策を兼ねた公共事
業は大事な考え方だ」
 ―沿岸部と市街地との被害の差が大きい。復興に向けて市全体が一丸となる必要がある。
 「地域間ギャップが市民の中に生じるのは確かだろう。だからこそ、市民一人一人が仙台をどういう
街にしていくかを考え、『3.11を忘れない』という覚悟を持たなければならない」
 「杜の都が仙台のアイデンティティーならば、津波で松林がなぎ倒され、荒涼とした海辺に白い砂浜
と緑のベルトを復活させることが希望のシンボルとなる。亡くなった方々を忘れないために、そのメッ
セージを示すこともわれわれの義務だ」
 ―東北をけん引する役割も求められる。
<交流人口増やす>
 「仙台は被災地で最大の都市で、交通の結節点でもある。日常の回復を図りながら積極的に交流
人口を増やし、東北に波及させていきたい」
 「8月の仙台七夕まつりは全国、世界の皆さんが来てくれることが最大の支援になるとアピールする
絶好の機会。そもそも七夕は願いを託す祭りで、戦災の復興を示す仙台商人の心意気として再開さ
れたと聞いた。東北全体が夏祭りで心を一つにして、震災の厳しさを乗り越えたい」
(聞き手は瀬川元章)
◆死者531人/所在未確認2400人
 主な被害状況(11日現在) 死者531人。行方不明者は調査中だが、津波被害を受けた沿岸部の
所在未確認者は約2400人。避難者は31カ所に2829人。沿岸部を除き、電気と水道のほとんどが
復旧。都市ガスは約7割の世帯で供給を再開した。
2011年04月12日火曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-12 10:07 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 11日

石巻市・亀山紘市長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎インフラ 長期計画で
 ―国土地理院の分析によると、津波による浸水面積は73平方キロ
で被災自治体で最大となった。
 「津波のダメージが大きすぎた。さまざまな地域を見て回ったが、多
くの家屋が流失したほか、交通網が寸断されインフラ面の打撃は甚
大だ。20年先、30年先を見据えた長期的な計画が求められている
と強く感じる」
 ―多くの被災者が生活の場の確保に不安を抱えている。具体的な
復興プランは。
<近く対策室設置>
 「全庁組織の復興対策室(仮称)を近く、立ち上げる。国や県との連
携を密にし、被災した土地の利用について柔軟な構想を練り上げた
い。地盤沈下や液状化が進んだ地域もある。高台に集合住宅を建設するなどし、居住区と働く場所を
うまく分離する方策も検討している」
 「避難住民への2次避難の意向調査で、回答者の7割が市外に出ることに抵抗があるとの結果が出
た。石巻への愛着を感じるが、長期にわたる避難所生活は衛生面や精神面で問題がある。仮設住宅
の大幅増設を国に強く求めるとともに、2次避難をした住民がいつでも市内に戻れる『お試し制度』を
導入して理解を求めたい」
 ―経済への打撃も甚大だ。漁業者は、福島第1原発事故に伴う風評被害を不安視している。
<安全性大前提に>
 「時間はかかるかもしれないが、農水産業は一からつくる覚悟で再建させる。風評被害の影響が考
えられる場合には、石巻の魚は安全だという科学的根拠を積極的に公表し、消費者にPRしていきた
い」
 「日本製紙石巻工場をはじめとする2次産業の各企業が、相次いで地元での再建を申し出てくれ
た。動向が気掛かりだっただけに大変心強い」
 ―福島第1原発の事故で、原発の安全神話が崩れた。市としての今後の考え方は。
 「安全性の担保が大前提だ。この基本スタンスは、女川原発が立地する自治体として変わらない。
市民生活に不可欠な電力を安定して供給するためには、災害時の対応をあらためて検証する姿勢が
求められるだろう」
 「石油など既存のエネルギーに頼り切らない視点も必要だ。大震災前から取り組んできた新エネル
ギーを生かしたまちづくりは、今後も継続したい」
 ―市民へのメッセージを。
 「絆を大事にし、一生住み続けたいと思ってもらえるような古里を再生する。市民と行政が一丸とな
り、復興を成し遂げたい」
(聞き手は土屋聡史)
◆死者2653人/不明者2770人
 主な被害状況(4月9日現在) 死者2653人、行方不明者2770人。避難者は134カ所に1万
5952人。ライフラインは電気が約6割復旧。上水道は65%まで回復していたが、7日深夜の余震で
14%ほどに落ち込んだ。都市ガスは10日に復旧作業を始め、5月上旬までの全戸供給を目指す。
2011年04月11日月曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-11 10:06 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 10日

岩沼市・井口経明市長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎共同体の維持に配慮
 ―東日本大震災の発生から1カ月がたつ。
 「未曽有の惨事ということに尽きる。避難所生活を余儀なくされてい
る人々だけでなく、4万4000人の市民全員が被災者だった。発生直
後はガソリンが足りず、食べ物も手に入れにくくなり、非常に苦慮し
た。国にしっかり対応してもらいたかった」
 「被害は広域で発生し、地域防災計画の想定をはるかに上回った。
災害時協定も締結していたが、締結先の本部のある仙台市が被災
し、食料、毛布などの提供をなかなか受けられなかった」
 ―沿岸の産業復興に向けてどう取り組むか。
 
<中小支援拡充を>
 「二野倉、矢野目両地区にある工業団地は壊滅的な被害を受けた
が、企業は復興の意思を示している。日本製紙、フジパンなどが再起を目指すのは、市民を前向きな
気持ちにさせてくれる。ただ現状では、国による中小企業の災害復旧支援メニューが乏しい。中小企
業が存続できるよう支援策を拡充してほしい」
 「基幹産業の農業は守らなければならない。農地だけで370億円程度の被害になると試算され、簡
単には復元できない。農業を今後も営むかどうかを選択してもらわないといけない。意欲を持ってもら
うためには、農業を再開できるまでのつなぎの仕事が必要だ」
 ―国に求める支援策は。
 「最も海沿いとなる貞山堀東側地区をどうするのかが復興計画の一つの柱になる。視察に訪れる国
会議員には国有地化して防潮堤、防砂林の用地に活用してほしいと訴えている。売却で得た資金は
被災者が自立する財源とすることもできる」
 ―家を失った被災者をどう支援するか。
 
<家賃補助も検討>
 「友好都市の尾花沢市から宿泊場所提供の申し出があった。2次避難の意向を聞いているが、岩沼
を離れたい人は少ない。仮設住宅や県営住宅を希望する人全てが入居できるようにしたい。仮設住
宅では地域コミュニティーを継続できるよう配慮する。既に賃貸住宅に入った被災者には家賃補助も
検討している」
 「被災地区の中には集団移転したいという所もある。多くの人がそういう意見なら実現できるよう努
める。復興計画に各地域の将来像を描くに当たっては、住民の声を反映させる」
 ―具体的な支援策は。
 「仮設住宅の入居期間は2年間。その間に、ついのすみかを確保してもらいたい。住宅を建てる場
合はいずれ配分される見舞金、義援金に加え、融資制度や利子補給制度を創設して支援したい」
(聞き手は小木曽崇)
◆死者166人/不明15人
 主な被害状況(9日現在) 死者166人、行方不明者15人。避難者は3カ所に585人。水道の復旧
率は98.5%。電気は東部地区の一部を除いて復旧した。
2011年04月10日日曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-10 10:04 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 09日

女川町・安住宣孝町長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎役場機能の回復急ぐ
 ―震災から間もなく1カ月になる。
<避難者2000人切る>
 「震災直後、5000人に上った避難者は2000人を
切った。電気、水道の復旧さえままならない所が大半だ
が、物資は行き届き、避難所の生活環境は少しずつ落
ち着いてきた。精神的ケアも含め衛生環境を整え、長
期化が避けられない避難所暮らしを少しでも快適に続
けられるよう全神経を注いでいく」
 ―被災者は仮設住宅への早期入居を強く求めている。見通しは。
 「7割以上の家屋が全壊、流失した。最低でも2000戸の仮設住宅が必要だ。建設場所が町内で確
保できない場合、隣接する石巻市にも建設できるよう県にお願いしている」
 「仮設住宅ができるまでの間、町外への2次避難も検討しなければならない。住み慣れた土地を離
れたくないという住民感情に配慮しつつ、地区単位での集団避難を呼び掛けていくことになるだろう」
 ―町庁舎も津波の直撃を受け、戸籍や住民票のデータが消滅するなど町役場の機能がまひした。
 「罹災(りさい)証明の発行開始が今月7日にずれ込むなど、町民には不便をお掛けしている。役場
の機能を早く回復させなければ町の復興も遅れてしまう。7月には仮設庁舎が完成する予定だ。万全
の体制を築けるよう引き続き努力する」
 ―平地にあった行政機関や商店街、水産関連施設はほぼ壊滅した。
 「山を切り崩し、大量に発生したがれきを使って護岸と市街地をかさ上げし、まちを再生させたい。漁
村も高台に移し、そこから港に通うようなイメージだ」
<国が買い上げも>
 「さまざまな手法が考えられるが、被災した土地を国が買い上げて新たな市街地を造成し、町民に
分配するやり方もあるのではないか。住民が希望を持って女川に住み続けることができるよう、国や
県は従来の枠組みにとらわれず、超法規的措置も含め大胆な発想で取り組んでほしい」
 ―東京電力福島第1原子力発電所の事故で原発の安全性、信頼性が大きく崩れた。
 「機能不全に陥った福島原発の問題は人ごとではないが、幸いにして女川原発は安全に停止した。
立地町の首長として原発を否定するつもりはない。女川原発が住民の避難先の一つになっていること
を見ても、住民と発電所との信頼関係は崩れてはいないと感じる。運転再開に関しては、国や東北電
力に福島原発の反省を踏まえた対策をしっかり取った上で、住民の理解を得ることが前提だ」(聞き手
は大友庸一)
◆死者384人/不明者調査中
 主な被害状況(8日現在) 死者384人、行方不明者は調査中。避難者は17カ所に1980人。電気
は旭が丘や浦宿地区、避難所の一部などで復旧。上水道は7日深夜の地震で再び全域で断水した。
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by the-road-of-japan | 2011-04-09 10:03 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 08日

山元町・斎藤俊夫町長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎全町民で痛み共有を
 ―仙台湾に面した国道6号の東側が津波で壊滅的な被害を受けた。
<浸水面積60%超>
 「海岸線から1.5キロの範囲で建物が流失、6号沿線では床上2メー
トル程度まで水没した。可住地域に対する浸水面積の割合は60%を
超え県内で最も高い。町内約5500世帯のうち、主に浜通りの6行政
区と丘通りの2行政区の2500世帯計7500人に避難指示を出した。
イチゴのビニールハウスやホッキ貝で有名な磯浜漁港も津波に直撃さ
れ、被害は甚大だ」
 ―震災発生から3週間以上が経過し、避難指示の解除が遅いと指摘
する住民も多い。
 「町民の安全安心を担保してきた防波堤が広い範囲で決壊した。地
震で地盤が沈下し、高潮や台風でも浸水が広がる可能性がある。防潮林の松林も多くが津波で流さ
れ、海が近くなったように感じる。恐怖感すらある」
 「県は、7月ごろを目標に防波堤の仮復旧を進めると聞いている。安全対策を施さずに避難指示を
解除できない。その時期までに水道や電気といったライフラインも復旧させる。行方不明者捜索の進
行状況をにらみ、がれきの撤去も急ぎたい」
 ―県職員時代、初代の県危機管理監を務めた。
 「宮城県沖地震の発生を想定した防災対策に取り組んできたが、今回は想定をはるかに上回る大
災害だった。想定では山元町は死者ゼロ。津波も数十センチどまりだった」
 「震災発生の当日は7000人近い住民が避難所に身を寄せたため、速やかな避難所開設や資機材
の確保に努めた。いずれ国や他自治体から支援が届くと信じ、2、3日間をしのぐことを念頭にスター
トした」
 ―今後のまちづくりは大きく見直しが求められるのでは。
<土地利用に工夫>
 「次期総合計画の策定作業が大詰めで、町議会6月定例会で議決をもらう予定だった。が、マイナス
から再スタートしなければならない。22の行政区を単位とした従来のまちづくりが持続可能かどうか、
大きな視点で考え直さないと。地域分散型はコストが増す。コンパクトシティーの発想を取り入れなが
ら、土地利用を一部制約するなど工夫が必要だ。市町を超えた県南沿岸部の今後の土地利用のマス
タープラン(基本計画)を示すなど、県にはリーダーシップを発揮してもらいたい」
 ―町民へのメッセージを。
 「全町民が問題意識を共有し、痛みを分かち合うことから始めなければならない。町としては個人の
事情を大切にしながらも、町全体として何を優先するかしっかり見極めたい。新しいまちづくりには忍
耐強さや我慢強さ、大局観が欠かせない」(聞き手は佐々木篤)
◆死者177人/不明15人
 主な被害状況(7日現在) 死者177人、行方不明者15人。避難者は10カ所に1664人。水道、電
気とも復旧率は9割を超えたが、県道仙台塩釜線(産業道路)以南で回復していない地域がある。
2011年04月08日金曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-08 09:49 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 06日

東松島町・阿部秀保市長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎市域再編、広い視野で
 ―国土地理院の分析によると、住宅地、市街地の3分の2が浸水し
た。宮城県内で最大規模だ。
 「ヘリで上空から市内全域を見渡したが、ズタズタになった古里を
見て涙が出た。市全土の3分の1は壊滅的な被害を受けたが、弱音
を吐いていても始まらない。程度の差こそあるが、市民全員が被災
者。一致団結して復興させる」
 「喫緊の課題は、家を失った市民の住宅を確保することと、膨大な
災害ごみの処理だ。国には超法規的な措置を強くお願いしたい」 
 ―市は2003年に宮城県連続地震を経験した。教訓は生かせた
か。
 
<準備上回る規模>
 「識者の研究結果を生かした津波マップの作成や、自主防災組織の加入率100%達成など、減災
に向けて準備を進めてきたが、それらを簡単にのみ込む震災だった」
 「亡くなった方の数を考えると具体的な効果に言及することは避けたいが、(一連の取り組みが)住
民の災害に対する意識を高めたと信じたい。宮城県連続地震を経験した職員やOBの対応は迅速
だった」
 ―農業、養殖業など基幹産業への打撃は甚大だ。生活再建へ、どんなまちづくりが求められるか。
 「特別名勝松島の宮戸地区はほぼ壊滅し、ノリやカキなどの養殖施設、美しい景観を根こそぎ奪わ
れた。市内には園芸農家が多いが、田畑は塩害のダメージが相当あるとみている。長期的な復興計
画を早急に立てなければならない」
 「市域内で住民の大規模な集団移転をすることも視野に入れている。例えば、生活再建が難しい大
曲や宮戸など沿岸の土地を国に買い取ってもらって国有化し、被害が少なかった内陸部を居住区に
するなど、市域全体の在り方をダイナミックに変える視点が必要だ。市街化調整区域や文化財の保
護区域など、これまで家を建てられなかった地区に居住できる法改正も必要だろう」
 ―地域自治組織による「協働のまちづくり」に取り組んできた。
 
<公民館を開放へ>
 「今後、市を立て直す上で必ず重要になる。仮設住宅の設置が需要に追い付かない中、避難先とし
て市内約50カ所の公民館分館を開放して集団で生活してもらう案を進めている。これがうまくいけ
ば、暮らしの場はかなり確保できる」
 ―いま市民に伝えたいことは。
 「頑張ろう、一緒に復興しよう、といった漠然とした掛け声だけで市民が安心できる事態ではないと考
えている。具体的な復興プランを早急に示すことで、行政の役割を果たしたい」
(聞き手は土屋聡史)
◆死者848人/不明者調査中
 主な被害状況(4日現在) 死者848人、行方不明者は調査中。避難者は78カ所に5846人。電気
は全戸の約71%で復旧した。上水道はほぼ全域で復旧しつつあるが、漏水している地域もある。
2011年04月06日水曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-06 09:48 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 05日

七ヶ浜町・渡辺善夫町長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎「町内に住む」道探る
 ―大震災から3週間余りがたった。
 「宮城県沖地震は30年以内に99%の確率で起こると言われてい
た。自主防災会などをつくって日々訓練をしてきたが、備えをはるか
に超えた大津波。何もかも手探りで対応してきた」
 「町は避難者が最大1000人と予測し、4000食分の食料を備蓄
していた。4、5日は大丈夫と考えていたが、実際は最大6500人が
避難して1日も持たなかった。コメをかき集めても、最初の3日間は1
日1食分のおにぎりだけ。毛布も足りず、被災者につらい思いをさせ
た。申し訳ない」
 ―町の被害状況は。
<高台活用認めて>
 「菖蒲田浜、花渕浜、吉田浜など太平洋に面した地区の住宅が壊滅的だった。高齢化率が高い地
区で、二度と低い所には住みたくないという人が多い。町の高台は市街化調整区域で住宅は建てら
れない。国の超法規的措置で高台への建設を認めてほしい」
 ―町の主要産業の漁業被害は。
 「昨年2月末のチリ大地震津波でノリ養殖施設が壊滅的打撃を受け、ようやく施設を復旧した直後。
漁民は悲嘆に暮れている。1台約4000万円のノリ全自動乾燥機も、船も全滅だ。ノリ養殖従事者は
平均年齢が60歳以上。融資ではなく応分の助成がないと立ち直れない。政府の対応をお願いした
い」
 ―100戸の応急仮設住宅が着工した。県外、他市町村への一時移住を選ぶ自治体もある。
 「避難所の住民の声を聞くと、苦しくても町内で頑張りたいという声が多く、その道を探りたい。応急
仮設住宅は町内に500戸は必要。あとの400戸の着工を急いでほしい。資材不足というが、日本製
にこだわらず外国製プレハブでもいいのではないかと、政府関係者に要望している」
 ―町の職員数は約160人。人手は十分か。
 「宮城郡、黒川郡の自治体職員の応援や、県外の医師団の派遣を受けている。多くのボランティア
の協力もあり、大変感謝している」
 「町は行政改革で職員を減らしてきたが、災害復旧はマンパワーが必要。避難所に職員を置く一方
で、罹災(りさい)証明発行、仮設住宅の入居、本格的な住宅再建など膨大な仕事を迅速に進めなけ
ればならない。行政経験豊富な職員が必要。国、県、被害の少ない市町村からぜひ応援をいただき
たい」
 ―町民へ伝えたいことは。
<美しい景観再生>
 「きょうの努力があすへの希望につながるまちづくりを目指し、みんなで頑張ろう。菖蒲田海岸に代
表される美しい白砂青松の浜が七つあるのが七ケ浜町だ。必ず美しい海、景観を取り戻す」
(聞き手は阿部信男)
の下着などの供給が必要だ。被災現場はいまもさまざまな困難に直面している。町長として先頭に立
ち、町民、各団体と共に一丸となって難局を乗り切りたい」
(聞き手は高田瑞輝)
◆死者236人/不明56人
 主な被害状況(3日現在) 死者236人、行方不明者56人。避難者は6カ所に2034人。ライフライ
ンは荒浜と吉田東部の全域で水道、電気が止まっており、復旧率はともに6割程度。
2011年04月05日火曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-05 09:47 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 03日

名取市・佐々木一十郎市長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎災害に強い街 新たに
 ―閖上、下増田地区が津波で大きな被害を受けた。発生直後の
救助活動の状況は。
<人命救助最優先>
 「携帯電話など通信手段が途絶え、現場と連絡が取れなかった。
幸い、アマチュア無線の中継局をボランティアが市役所に準備して
いたおかげで、無線連絡ができて大変役立った。救助が最優先。
地震当日の3月11日の夕方から現場作業を止めるな、1人でも多
くの命を救え、と指示し続けた」
 ―救助活動の障害になったことは。
 「市内の業者の重機をかき集めて投入したが、燃料の確保に苦
労した。ガソリンスタンドや石油元売り会社、内閣府とあらゆる所に連絡を入れ、タンクローリーで確保
した。とにかく人命最優先で取り組んできた」
 「遺体の搬送も遅れた。遺体が見つかると警察の立ち会いが必要で、活動をいったん止めざるを得
なかった」
 ―被災現場を目の当たりにしてどう感じたか。
 「街が根こそぎ持って行かれた。がくぜんとして言葉が出なかった。私も閖上の住民。仲の良かった
多くの友人が犠牲になった。町の世話役を担ってくれた人々が地区の避難誘導を率先して行って命を
落とした。これほどつらいことはない」
 ―被災住民からは、さまざまな切実な要望が出ている。
 「まずは行方不明者を1日も早く捜し出し、家族の元へ帰したい。次に生活再建だ。仮設住宅を多く
市内に建設する。被災した商店や事業所は借入金返済など資金面で苦しい。中小企業の再興なくし
て、街の再建はあり得ない。力を注ぎたい」
 ―全国から寄せられる支援の状況は。
 「愛知県の陸上自衛隊師団や各地の自治体の救援を頂いている。多くの救援物資が届き、遠くはド
イツやモンゴルから義援金が届いた。温かい支援に感謝申し上げたい」
 ―復興に向けて、どんな視点で臨むか。
 「新たな都市計画が必要になる。災害に強い新しい街を形成しなくてはならない。そのために住宅な
どの建設を一時ストップさせることも必要だ。海岸線に近い貞山堀東側の地域は津波被害が甚大
だった。今後、人の居住地にしていいかどうか。検討を進めたい」
 ―政府に望むことは。
<超法規的対応を>
 「国家規模のプロジェクトとして超法規的に対応しないと復興は困難だ。その際、市町村が主導し、
国が支える形になるよう配慮すべきだ。国全体で被災地を支えてほしい。被災自治体が一人損に
なってはならない」
(聞き手は小島直広)
◆死者784人/不明1000人
 主な被害状況(1日現在) 死者784人、行方不明者約1000人。避難者は16カ所に1698人。ライ
フラインの復旧率は津波被災地を除いて電気、水道とも99%。
2011年04月03日日曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-03 09:46 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 02日

南三陸町・佐藤仁町長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

◎水産業の復活に全力
<ゼロから見直し>
 ―町長自身、町総合防災庁舎で津波被害に遭い、骨組みだけ
になった建物で一夜を明かした。
 「目の前に津波が押し寄せた時は、言葉を失った。多くの町職員
が行方不明になった。残った職員に『町の復興は俺たちに託され
たんだ。頑張れ』と励ました。夜が明けて安心した半面、壊滅した
町を見るのが怖かった」
 ―町は宮城県沖地震を想定して防災対策を立てていた。今後
の備えはどうするのか。
 「ゼロからの見直しだ。防潮堤を基本とした町づくりは不可能と
痛感した。専門家もこれほどの被害に無力感を感じている。市街
地をどこに置くかを含め、抜本的に見直さなければならない」
 「町に残るべきかどうか、悩んでいる町民もいる。復興の道筋となるグランドデザインを考え
る。国の概算要求に間に合うよう、基本的な計画は8月をめどに立てなければならない。町民に
安心してもらうためにも、なるべく早く示したい」
 ―水産加工や観光産業の復活のためにも、基幹産業である水産業の復活は欠かせない。
 「海の恐ろしさが津波被害をもたらした。それでも恵みの海は残っている。町は沿岸と養殖漁
業がメーンだ。9月に秋サケ漁が始まる。サケが帰れば、加工業が始まり復興の基盤になる。船
が残った人は、ウニやアワビ漁もできる。ワカメが始まれば来年初めには現金収入になる。再
起へ立ち上がった漁業者もいる。地域再生の鍵は水産業だ」
 「漁港が一つでも復活すれば、明るい希望になる。漁船も漁協で一括して買い上げ、漁業者に
貸し出すなどすれば高い補助を受けることができる。いずれも国の支援が不可欠だ」
 ―公立志津川病院の再建は。
 「建物や機器が損壊し、再建しなければならない。全国から医療団が来ているが、早い段階で
機能回復を目指したい。地域の医療拠点は守る」
<力蓄えてほしい>
 ―全国から支援が寄せられている。
 「心配して訪ねてくれる人が大勢いる。大事にしたい。これまでに培ってきたネットワークが生
きた。一緒に励ましのメッセージも寄せられ感謝している」
 ―約1100人の町民が3日、県内4市町に集団避難する。
 「町を離れるつらさは分かるが、電気や水道が復旧しない状況でいいのかという思いがある。
環境の整った場所で立ち直る力を蓄えてほしい。今後も説明は続けたい。
 ―町民へ伝えたいことは。
 「町を挙げて復興に向けて頑張る。いまは『忍』の一字だ。集団避難で町を離れる人、町外の
親戚宅に身を寄せる人、町内に残る人、皆が南三陸町民だ」
(聞き手は渡辺龍)
◆死者357人/不明900人
 主な被害状況(3月31日現在) 死者357人、届け出があった行方不明者約900人。被災戸
数は3877戸で被災率は69.6%。避難者は45カ所に9500人。ライフラインは、戸倉荒町の
一部で電気が復旧しただけ。上水道は全域で復旧してない。
2011年04月02日土曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-02 09:45 | ♦被災市町村長のメッセージ
2011年 04月 01日

気仙沼市・菅原茂市長/河北新報のニュースサイト・コルネットより転載

 東日本大震災の発生から3週間がたった。県内では31日現
在、7012人が死亡し、7117人が行方不明となっている。避
難生活を強いられているのは、福島県からの避難者を含めて
7万1400人。生活支援、インフラ復旧、雇用確保、医療再
生…。被災市町は、あらゆる面で未曽有の難局に直面してい
る。大津波で甚大な被害を受けた12市町のトップに、再興へ
の一歩を聞く。
◎港全体立て直し必須
 ―現時点で死者、行方不明者が合わせて約2000人になっ
た。
 「避難者数や、今後必要な仮設住宅の数などを考えると、と
てつもなく大きい災害だったとあらためて感じる。犠牲者には
心から哀悼の誠をささげたい。紙一重で生き残った7万2000人以上の市民も生活基盤が壊滅
した状態だ。この方々が生活していけるようにすることが最大の課題だ」
<地域FMが開局>
 ―これまでの被災者対応は十分だったか。
 「試行錯誤が続いた。市民向けのお知らせ冊子を毎日発行していることやコミュニティーFMの
開局はスムーズに進んだ点だが、これだけの災害だと物理的に対応しきれなかった部分もあ
る。防災無線の中断は市民に不便な思いをさせたかもしれない」
 「避難所では、皆さんが協力し合っていて大きな混乱はない。敬意を表したい。今後もライフラ
インの復旧、仮設住宅の建設、必要な2次避難などを進めていく」
 ―水産業のダメージは計り知れない。
 「水産加工から食産業へと拡大させる施策展開を目指す矢先の災害だったが、復興の原点は
やはり水産業だ。基盤の大半がなくなったとはいえ、目の前に豊かな海がある。その優位性は
失われていない」
 「臨港地区全体の再建が必須なことは明らかだ。とらえ方によっては新しいまちづくりを進める
機会を得たとも言える。土地が沈降し冠水の度合いも深刻だ。土地のかさ上げが不可欠で、土
地区画整理的な事業手法で進めていきたい」
 ―観光はどうか。
 「観光地、施設の状況把握をまず急ぎたい。食は魚市場の再開とともに復活するだろうが、気
仙沼産カキ、ホヤ、ホタテはしばらく我慢してもらうしかないだろう」
<働く場確保重要>
 ―市政運営の基本姿勢に変更はあるのか。
 「根本は変わらない。震災で、働く場の確保の目標がより一層重要になった。確かな産業があ
り、多くの雇用を生んで初めてまちになる。仕事場がなくなれば生産年齢人口、子どもがいなく
なり、本当に高齢者のまちになる。それは何としても避けたい」
 「10年、20年先に向け希望を持って新しいまちのグランドデザインを描きたい。産業復興だけ
でなく、環境に配慮したまちづくり、環境と人間の調和など壮大な観点も取り入れ、考えたい」
 ―市民へのメッセージを。
 「市民の皆さんは、それぞれ大きな問題を抱えている。幸い国に各種の支援制度がある。まず
相談してほしい。市としても市民が使いやすいよう国に最大限、働き掛けていく。皆苦しいが、一
丸となって乗り切っていきたい。生活を支援し、この街で仕事ができるよう力を尽くしていく」
(聞き手は菊池道治)
◆死者607人/不明1479人
 主な被害状況(3月30日現在) 死者607人、行方不明者1479人。避難者は91カ所に1万
2307人。ライフラインの復旧状況は電気が約49%、上水道は約43%。
2011年04月01日金曜日
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by the-road-of-japan | 2011-04-01 09:43 | ♦被災市町村長のメッセージ