カテゴリ:■甦れ釜石・大槌町!支援集団( 37 )


2011年 05月 08日

甦れ釜石!甦れ仙台!チャリティジャズライブ開催!

130名の参加で、心にしみる力強いライブとなりました。
集まりました募金約30万円は、小学校にピアニカを送るか金銭で自治体に送るか検討しています。
皆様のご支援に感謝いたします。
■メッセージ
トランペットの臼澤さんは、釜石出身。
臼澤さんのお兄様夫婦とお姉さま夫婦が釜石で被災されましたが、
幸い、ご無事だったとのことです。
ドラムの守さんは、仙台のご実家が被災されました。
主催者の丸谷と高橋里実さんが、知り合いであったため
このチャリティライブが生まれました。
会場は、丸谷と芸大の講師仲間である近角真一氏が管理されている
求道会館で行ないます。大正4年に建設され、関東大震災に被災し
ているこの建物でのライブです。その空間と建築の素晴らしさも
皆様にお伝えしたいことです。

■詩とギターのプロローグ
高谷秀司+丸谷博男

■演奏者/詳しい紹介は、ブログをご覧下さい。→http://japanroad.exblog.jp/15194500/
トランペット  臼澤 茂(釜石出身)
ドラム     守 新治(仙台出身)
ピアノ     市川 秀男
ベース     河上 修
サックス    高橋 里実
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by the-road-of-japan | 2011-05-08 10:02 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 05月 07日

チャリティーライブのポスターができました!皆様のご来場をお待ちしています。

甦れ釜石!甦れ仙台!チャリティーライブ5月7日in 求道会館
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■求道会館の詳細は、こちらへ
http://maruya.exblog.jp/i23/
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by the-road-of-japan | 2011-05-07 18:45 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 04月 06日

甦れ釜石!仙台!チャリティコンサートを開催します。

東日本大震災
チャリティージャズライブ
「甦れ釜石!甦れ仙台!」


■日時5月7日(土)18時開場 18時30分開演

■演奏者
トランペット  臼澤 茂(釜石出身)
サックス 高橋 里実
ドラム  守 新治(仙台出身)
ピアノ  市川 秀男

■ チャージ 3000円(1ワイン付)

■ 会場  求道学舎 〒113-33 東京都文京区本郷6丁目20番5号 電話03-6804-5282

■ 主催・申込み受付  
motherboard2011 甦れ釜石!甦れ仙台!支援集団(世話人・丸谷博男) 
fax03-5431-6031 または mail/ h.maruya@a-and-a.net

■メッセージ
トランペットの臼澤さんは、釜石出身。
臼澤さんのお兄様夫婦とお姉さま夫婦が釜石で被災されましたが、幸い、ご無事だったとのことです。
ドラムの守さんは、仙台のご実家が被災されました。
主催者の丸谷と高橋里実さんが、知り合いであったためこのチャリティライブが生まれました。
開場は、丸谷と芸大の講師仲間である近角真一氏が管理されている求道会館で行ないます。大正4年に建設され、関東大震災に被災しているこの建物でのライブです。

■「求道会館」とは
僧侶・宗教改革者の近角常観が、自らの宗教体験を青年学生と寝食を共にしながら語り継ぐ場として設立したのが「求道学舎」です。その敷地内に、この「求道会館」は建てられています(共に武田五一の設計)。
 内部は椅子式、ハンマービームトラスの小屋組、周囲に巡らせたギャラリーと、キリスト教会風の空間構成ながら、そこに六角形の厨子を壁から突出させ、また、卍文様の高欄を配して伝統的な和風建築の要素を併存させるなどして、特異な空間をつくっています。この無国籍性は、創設者・近角が推進した仏教運動の革新性と照応しています。
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やっと5/7のメンバーが決まりました。
最高のメンバーだと思います!

河上修さんと守新治さんは、渡辺貞夫さんのグループにてスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルへ出演、大好評を博した黄金のリズムセクションです。
市川秀男さんも日本トップのジャズピアニスト。皆、大ベテランです。素晴らしいステージになるよう、私が一番頑張らなくちゃっ!!です!!

まずはメンバーのお知らせまで。
ありがとうございます!

#高橋里実♭

*******************

高橋里実(AS)
http://homepage2.nifty.com/sendorphin/
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東京都葛飾区に生まれる。幼い頃、鍵盤の色がピンクや水色などカラフルな色合いの、1オクターブくらいの小さなオモチャの電池ピアノで好き勝手に音を出して遊んでいた記憶があります。

7歳からピアノを習い始める。

上野学園中学校音楽コースに進学(ピアノ専攻)。
1年生の春、1度目の運命の出会いが!
友達の付き添いで行った吹奏楽部の入部説明会。入部希望者の新入生の女の子達にはフルートやクラリネットが大人気。そんな中、不人気だったサックスを勧め る先輩の大きな声がして、そちらを見た私の目に飛び込んできたのは、窓際で先輩の手で高く掲げられ、日の光を浴びてキラキラ光るサックス。その瞬間、入部 を決めていました。今思えば「一目惚れ」ですね♪ サックス浸りの日々始動。

上野学園高等学校音楽科(ピアノ専攻)に進学するも、サックス熱一向に冷めやらず。「大学での専攻はピアノではなくサックスで」と願う私に立ちはだかったの は、上野学園の音楽科にはサックス科が無い事実。一貫教育方針の学園でしたが、サックスをいっぱい吹きたくて、外部受験を決意。

武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科(サックス専攻)に進学。須田寔氏に師事。
2年生の秋、2度目の運命の出会いが!
偶然、耳にしたBill Evans(p)の『Walts For Dabby』の美しさに感動。これがきっかけでJAZZを聴き始め、そしてJAZZの魅力を知ることとなる。JAZZ浸りの日々始動。

同大のサックス科を首席で卒業後、ヤマハポピュラーミュージックスクール講師等を経て、プロ活動始動。現在、女性16人によるビッグバンド『BLUE AERONAUTS ORCHESTRA』、『江古田勉強会ビッグバンド』でリードアルトを担当する他、リーダーとして『六本木サテンドール』に出演するなど、都内ジャズクラブを中心としたライブ活動にも精力的に取り組んでいる。

故・松本英彦氏、土岐英史氏、須田寔氏に師事歴あり。
アルル音楽学園・ジャズコースのサックス講師も努めている。


臼澤茂(TP)
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岩手県釜石市出身
1980~83年「宮間利之&ニューハードオーケストラ」のメンバーとしてNHK、TBSの音楽番組にレギュラー出演。84~85年「森寿男&ブルーコーツ」等を経て、「バイソン・バンド」のメンバーとして88年スイスのモントリオールジャズフェスティバルに出演。その後、自己のバンドで活動するほか、「松尾明& テイクオン」を中心に六本木や銀座のライブハウスなどでライブ活動を続ける。 また、94~96年、ラブリー音楽学院の講師として、後進の指導にあたる。
現在、自己のバンド「ジェイソン臼澤&パワーバンド」で都内のライブハウスを中心に活動しているほか六本木「バードランド」にレギュラー出演中
市川秀男(P)
http://www.vega-net.ne.jp/IH/
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1945年2月に静岡県に生まれる
 小学校時代よりピアノをはじめ中学3年の時に上京し
国立音楽大学付属高校に入学し作曲などを学ぶ
その後プロのミュージシャンとして活動を開始する
 
1966年 『ナウズ・ザ・タイム』でレコーディング・デビュー。同年12月、ジョージ大塚トリオに参加。
1970年 この年は。4月、都市センターホールでジャック・デジョネットと競演、6月には初のリーダー・アルバム『ホリデー』を録音、10月、日野皓正グループに参加。 
1972年 ジョージ大塚トリオを脱退。中川幸男(b)、小津昌彦(ds)とともに自己のトリオを結成する。
1976年 ジョージ川口率いるザ・ビッグ・4に参加。
1979年1月 ダイレクト・カッティングにより録音。『ダイレクト・ピアノ』
1980年 富樫雅彦、鈴木勲とともに3者「トリニティ」を結成。同グループは『ワンダー・ランド』『微笑み(スマイル)』のアルバム2枚をリリース。
1999年 クレセントスタジオでネットワーク配信のための新作を録音。
現在でも音楽分野で新しいものに挑戦しつづけている。

河上修(B)
http://mr-double-bass.jpn.org/
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河上修、秋田県生まれ。16歳の時、音楽の世界へ。74年渡辺貞夫カルテットでデビュー。翌年には日本代表として、 スイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルへ出演、大好評を博す。
師である渡辺貞夫からは、仕事よりも遊びをまじめにやる事の大切さを学ぶ。
  ◆ 77年八城一夫氏の名盤「サイドバイサイドアゲイン」に参加。
  ◆ 79年から5年間、世良 譲トリオにて活躍。
リーダーアルバムは「ジャンプフォージョイ」「ディアオールドグッドウィン」「ミスターダブルベース」。ジャズの 参加レコーディングは優に200を超える。ポップス・ニューミュージックの人気アーティストのアルバムにも多数参加。 その顔ぶれは夏木マリ、クレモンテ ィーヌ、中島美嘉、大江千里、稲垣潤一、コーザ・ノストラ、ムッシュかまやつ、和田アキ子、hiro、akiko、SMAP、、等他、実に多彩な顔ぶれ。
近年では自己のレーベル「(株)JAH!JAH!JAH! records」の代表プロデューサーも務め、作曲・編曲も多数手掛けている。ピチカート・ファイブ小西康陽プロデュースの東京クーレストコンボの ベーシストでもあり、映画では山田洋次監 督の「男はつらいよ」シリーズの最後の作品まで20作余の音楽制作に参加している。

多彩な音楽キャリアと領域を誇る河上だが、アーティストとして今一番心の芯に燃えているものは、”ジプシージャズ” への熱い思いだと言う。形式ばらず、格好もつ けず、そこに音楽を聴きたい人がいれば街角の路上でもウッドベース一本 でリズムを弾き出す。そのパルスが、聴く人の体を揺らせ、口笛を吹かせ、笑顔を作る。「過去でもなく未来でもなく、 今この瞬間に集い会っている喜びを共有したい・・・」。40年を経て、河上 修の世界はますます味わい深くなる。


守 新治
http://www.geocities.jp/degiprio/
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守新治(もりしんじ)DRUMER
1953年3月21日 宮城県仙台市生まれ 牡羊座 A型
   18才で上京プロ入り。上京後すぐに、渡辺 貞夫カルテットの
リズムキーパーとして抜擢され、7年間在籍
*日本のほとんど全てのミュージシャンと共演。
 松本英彦グループ、今田勝トリオ、宮沢明カルテット、
稲葉国光グループ、西条孝之介、山本剛、福村博、秋吉敏子、
へレンメリル、ミッシェルヘンドリックス、ミッキーカーティス、
マリーン、日野皓正、前田憲男、鈴木勲、高橋達也、
など数多くのミュージシャンと共演して現在に至る。
*国内外の多くのコンサート、ジャズフェスティバルに出演。
スイスモントルー、インドジャズヤトラ、ライブアンダーザスカイ、
ジャカルタ、ホンコンハイアットジャズ、
ドイツデュッセルドルフジャズラリー、
長野オリンピックスペシャルライブ。
*Tokyo FM -資生堂My dear life- 7年間レギュラー出演。
*音楽ジャンルを問わないドラムスタイルは、
幅広いミュージックシーンで活躍中。
リーダーアルバムCD Sweet panpukin (1989')発売、その他
サイドメンとしてのレコード、CDは50数枚 に及ぶ。
   ディスコグラフィー制作中。
2000年を機に自己のバンドを起動しました。
これからの活躍を今まで以上に御期待下さい。 
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by the-road-of-japan | 2011-04-06 13:13 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 04月 05日

2011年4月5日の情報です。

釜石の動きです。

■FM岩手、釜石に臨時スタジオ被災地の表情伝え、応援

「ラジオで元気届けたい」

 FM岩手が釜石市に臨時スタジオを開き、被災地の「今」を伝える放送を始めた。スタッフ4人のうち2人が津波の被害に遭い、避難所生活を送る。だからこそ、スタッフたちは「みんなが笑顔になれる番組を届けたい」と話している。(倉茂由美子)

 釜石発の生番組「釜石やっぺしFM」が、パーソナリティー、阿部志穂さん(31)の明るい声で始まった。「今、私たちにできることは元気の出るラジオを放送すること。そこで釜石にスタジオを開設しました」。「やっぺし」は「やろうよ」という意味の地元言葉だ。

 30日午後3時からの放送は小中学校の卒業式特集。「前だけ向いて進みなさい。震災で心までボロボロにされるな」と式辞で話す校長先生。「新しい友達ができるのが楽しみ」「バレー部に入って頑張る」と進学後の抱負を語る子どもたち。市内を走り回って集めた声が次々に流れた。

 11日の東日本大震災で、音響担当の佐々木大樹さん(29)は、大槌町の自宅アパートが津波に流された。阿部さんも釜石市の自宅のガスが復旧せず、2人とも避難所で寝泊まりしている。

 被災した夜、停電で真っ暗な避難所は、数十秒ごとに強い余震に襲われ、600人以上が恐怖に震えていた。佐々木さんが、手持ちのラジオをつけた。「もっと音量を上げて」。いつの間にか小さなラジオを大勢の人が囲み、地震情報などを必死に聴き入った。

 「今こそラジオが必要だ。何とか情報を伝えたい」

 阿部さんや佐々木さんたちは2日後、盛岡市の本社や系列のFM東京と衛星電話で数分間の中継を開始。その後、釜石市内の県の出先機関の物置部屋に、FM東京から借りた放送機材を持ち込んでスタジオにした。元々、地元PRにと、毎週水曜の1時間に始まったばかりだった番組「釜石やっぺしFM」も、被災地の表情を伝え、応援する内容に刷新した。

 がれきの街を歩くと、市民に少しずつ前向きな笑顔が増えてきたという。「被災者として『やっぺし』を合言葉に元気を届けたい」。阿部さんと佐々木さんは、目を潤ませて話した。

(2011年4月4日)

YOMIURI ONLINE(読売新聞):
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/iwate/news/20110404-OYT8T00021.htm20110404_12
■海保の巡視船でお風呂

釜石市では、海上保安庁の巡視船の浴室が開放され、被災者たちが湯船につかって避難生活の疲れをいやしました。

開放されたのは釜石港に停泊している福岡海上保安部・所属の巡視船「ちくぜん」です。

きょうは市内の白山小学校に避難している被災者60人が訪れ、船内の湯船につかりました。

普段とは違う巡視船の風呂に最初はとまどいながらも、被災者たちは避難所暮らしの疲れを湯船につかって癒していました。

湯船の開放はあすも行われます。

(2011-04-04 21:01)

■YOMIURI ONLINE(読売新聞):
http://www.iat.co.jp/News/#11040421015301
死亡の推定 3か月に短縮へ

東日本大震災で行方不明になった人について、厚生労働省は死亡したと推定するまでの期間を、従来の1年から3か月に短縮する方針を固めました。

現在の制度では、行方不明者について、災害から1年以上たたないと家庭裁判所が失踪宣言ができないため、それまでは死亡認定されません。遺族年金や労災による遺族補償は死亡認定が前提となるため、被災者が遺族年金などを受けとることができるのが、1年以上先になります。

このため、厚労省は、東日本大震災での行方不明者について、長期間、安否の確認ができない人が多数に上る可能性があることから家族の申請を前提に、死亡認定を現行の「災害から1年」から「3か月」に短縮する方針を固めました。厚労省は、政府が今国会に提出する被災者支援の関連法案に盛り込んで、早期の成立を目指すことにしています。
(2011年04月04日 09:57 更新)

■IBC NEWS:
http://news.ibc.co.jp/item_15856.html
岩手県知事「教育を受ける権利の保障に全力」

震災で両親が行方不明、または死亡した子供は、県の中間まとめで44人となっています。こうした子供たちについて達増知事は「教育を受ける権利はどんなことをしてでも保障する」と述べました。
県は3月31日まで7チーム体制で沿岸部全体の避難所などの巡回調査を行い、その結果両親や保護者が行方不明または死亡した子供が44人いることが分かりました。聞き取りをした範囲ではほとんどの子供が親族に身を寄せている状況だということです。達増知事は4日の記者会見で「学びを通じた幸福を追求する機会を保障する」と述べ、クニと連携して全寮制の学校の設置などを行い、こうした児童たちの教育を受ける権利を全力で保障していく姿勢を示しました。

(2011年04月04日 18:15 更新)

■IBC NEWS:
http://news.ibc.co.jp/item_15859.html
被災地支援・岩手県知事から厚労副大臣に要望書

達増拓也知事は2日、被災地視察のため来県した大塚耕平厚生労働副大臣に対し、医療・保健分野や労働分野について支援を求めた。

 要望項目は、厚生分野が▽被災地における医療の復興▽社会福祉施設などに対する早期復旧支援▽被災児童に対する支援-など5項目。また、労働分野では▽被災した事業者や離職者などへの総合的な支援対策の推進▽雇用創出のための雇用対策基金の増額、要件緩和-など4項目が盛り込まれた。

 特に、医療関係では、被災地の中核病院に対し一定期間、持続可能な医師や看護師など医療スタッフの派遣を要請。被災児童に関しては、受け入れ施設となる児童養護施設の新増設に加え、職員の増員配置に伴う財政措置などを求めた。

(04/03)


■佐川急便/時間帯サービス、飛脚TOP便、飛脚メール便再開
佐川急便は4月4日、取り扱いを見合わせていた東北地方の「時間帯サービス」「飛脚TOP便」(時間指定)「飛脚メール便」について、4月4日からサービスを再開したと発表した。
また、これまで集荷・配達を見合わせていた宮城県亘理郡および岩手県釜石市・上閉伊郡・下閉伊郡についても4月4日より再開した。
なお、岩手県の大船渡市、陸前高田市、気仙郡、宮城県の石巻市、東松島市、気仙沼市、牡鹿郡、本吉郡、福島県の南相馬市、双葉郡については、引き続き集荷・配達は見合わせている。営業店への持ち込み、営業店止めサービスの利用となる。
佐川急便は「荷物を届ける」という社会的使命を果たすため、4月1日から「喜びを届ける」を合言葉に、全従業員が「がんばろう!日本」のワッペンをつけて業務を行っている。
2011年04月04日
物流ニュースのLNEWS:
http://www.lnews.jp/2011/04/40367.html

■世界最深・釜石の防波堤、津波浸水6分遅らせる

 東日本大震災の大津波で、世界一深い防波堤としてギネスブックにも認定されている岩手県・釜石港の防波堤が破壊されたのは、コンクリートブロックのすきまに発生した強い水流で基礎部分が削られたのが引き金になったことが、港湾空港技術研究所の分析で明らかになった。
 ブロックの倒壊は徐々に進んだため、防波堤がない場合と比べると、市街地への浸水を6分間遅らせる効果があったという。
 2009年に完成した湾口防波堤は全長約2キロ。防波堤としては世界最深63メートルの海底に基礎の石材が置かれ、その上に幅30メートルのブロックが並ぶ。ブロックは海面から約6メートル出ており、高さ5・6メートルの津波から街を守るよう想定されていた。
 同研究所では、沖合20キロの波浪計で観測した津波波形をもとにコンピューター解析し、現地調査の結果とともに破壊過程を推定した。最初に到達した高さ10・8メートルの津波は、防波堤の内側では高さ2・6メートルにとどまった。しかし、ブロック同士の間にある約30センチのすきまに強い力で水が流れたため、基礎の石が削られ、最終的にはブロックの7割が倒壊した。
(2011年4月2日22時31分 読売新聞)

YOMIURI ONLINE(読売新聞):
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20110402-OYT1T00753.htm?from=os4html

■新日鉄、東日本大震災による被災状況と対応を発表
東北地方太平洋沖地震の影響と弊社の対応について(3月31日時点)
 東北地方太平洋沖地震によって、被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、一刻も早い復旧をお祈り申し上げます。
 また、弊社に対しましても多数のお見舞い、ご支援を頂戴し、厚く御礼申し上げます。
 弊社のその後の状況及び対応方針(3月31日時点)は、以下の通りとなっております。

「従業員および家族の安否について」
 本日までに、弊社・グループ会社・協力会社の社員およびご家族の中で、尊い命を亡くされた方がいらっしゃることを確認いたしております。
 また、現在も行方不明となっておられる方がいらっしゃることから、安否につきまして、引き続き最大限の努力を払い鋭意調査を継続してまいります。

「釜石製鉄所」
・製鉄所構内の一部が冠水し、生産休止中ですが、今後、線材の生産出荷の再開に向けた復旧活動を本格化いたします。当面は、製品在庫の出荷、在庫ビレット(半製品)の圧延・出荷等を検討してまいります。
・電力工場(IPP)についても復旧作業を推進しております。
・損壊した自社港湾設備につきましては、設備の復旧に向けた現地調査を行っております。
・弊社の他製鉄所・グループ会社での代替生産・出荷を行っており、引き続きお客様への供給に万全を期して参ります。

「君津製鉄所」
・鉄源工程の稼働を再開し、現時点では震災前の生産水準を回復しております。
・関東地方で電力需給が逼迫している中、鉄源工程の稼働で発生する副生ガスを活用し、発電設備をフル稼働させ、東京電力殿への最大限の電力供給を行っております。
・圧延以降の工程については、稼働体制を整えておりますが、電力の需給逼迫を踏まえ、節電等に配慮した稼働を行っております。

「震災地域への製品出荷」
・各製鉄所(釜石製鉄所を除く)での製品出荷に支障はございません。
・東北地方の揚げ地の復興にはしばらく時間を要する状況と認識しております。現地の状況及びお客様の生産状況等を踏まえつつ、代替輸送ルートの活用等を含めて、順次出荷を再開していく予定です。
・また、お客様の工場間での生産振り替え等のご要望に対しましても、弊社での生産・出荷対応を検討して参ります。

「アライアンス先への応援対応」
・住友金属工業(株)殿からの応援要請につきましては、既に最大限の対応を開始しております。

 未曾有の災害の中で、既に、被災地での復旧に向けた動きや一部産業での生産再開の動きが始まっております。
 弊社及びグループ会社と致しましては、引き続き、設備・インフラの復旧に最大限の努力を傾注していくとともに、復旧に向けた動きやお客様の生産再開の動きに対する鋼材の供給責任を果たし、我が国全体の復興に貢献してまいりたいと考えております。
 何卒、引き続きご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。
2011/03/31
日経プレスリリース:
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=277245&lindID=4
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by the-road-of-japan | 2011-04-05 06:38 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 04月 04日

【東日本大震災】岩手県釜石市の状況 写真特集

【東日本大震災】岩手県釜石市の状況 写真特集
岩手県釜石市の鵜住居(うのすまい)地区防災センター。ここに避難した人たちの多くが津波にのまれ、多数の犠牲者が出た。国土交通省と港湾空港技術研究所の分析では、同市沿岸部を襲った津波は、13メートル程度の高さに達した可能性があるという(2011年03月30日) 【時事通信社】
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by the-road-of-japan | 2011-04-04 06:47 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 04月 03日

甦れ!釜石 チャリティジャズライブを5月7日に開催します!

まだ会場は決まっていませんが、演奏者が決まりました。
釜石出身のトランペットの臼澤茂さんです。
臼澤さんのお兄様夫婦とお姉さま夫婦が釜石で被災されましたが、幸い、ご無事だったとのことです。
そして、ドラムは、はやり仙台のご実家が被災された守新治さんです。
守さんは渡辺貞夫さんのグループにも長く在籍していた日本トップクラスの素晴らしいプレイヤーです。
そして、三人目は丸谷の友人、サックスの高橋里実です。
素晴らしい演奏ですよ。皆様集まれ!です。
そして、釜石出身の方ご連絡ください。
この準備をきっかけに、「motherboard2011甦れ釜石!支援集団」を形づくります。
応援よろしくお願いいたします。
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写真は、被災前の美しい釜石です。
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by the-road-of-japan | 2011-04-03 16:32 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団
2011年 04月 02日

永松 伸吾氏/東日本大震災が投げかけた試練とは

東日本大震災が投げかけた試練とは
一昨日、昨日の東京出張の中で、いろんな番組や対談に出させてもらい、いろんな方とお会いすることができました。様々な会話の中でいろんなことを考えさせてもらいました。
私が所属する日本公共政策学会でも、今回の震災に関連したシンポジウムや学会誌の特集の議論が行われています。今回の震災の総括などあまりにも早すぎるのですが、この震災が私たちの社会にに投げかけているものとは何なのか、そしてこれからの私たちに求められているのは何なのかという問いかけをここ一週間ぐらいずっと考えていました。

 私が今、強く問題意識を持っているのは、3.11以降の日本の経済成長についてです。このような言い方は語弊があるかもしれませんが、地震と津波による被害だけならば、私は上記のような問いかけを深刻に考えることはなかったでしょう。この震災を語る上で、原子力発電所の被災と、それに伴う電力供給の深刻な制約は決して避けて通れない課題です。

なぜか。それは地震津波災害への対応や復興も、我が国の経済活動が電力供給制約の中で行われなければならないからです。制約といえばもちろん、物流や様々な生産基盤も破壊されています。そのなかでもことさらに電力を取り上げるのはなぜか。それは様々な生産基盤は復旧し元の水準に回復させることができても、電力供給に関してはそれが期待できないからです。仮に元に戻ったとしても、これまで通りに右肩上がりの電力供給を実現することは不可能です。どう考えても、原子力発電所を新たに作る合意は社会的に得られそうもありません。火力発電に切り替えるというのも昨今の原油高やエネルギー安全保障、CO2排出の観点から限界があります。

我が国のGDPの増大は、電力需要の増大と軌を一にしてきました。しかし今後は、電力供給が頭打ちの中で経済成長を遂げなければいけないということです。

経済成長など必要ないという人もいるかもしれません。しかし、すでに我が国は1000兆円近い公債発行残高を抱え、その上さらに今回の震災復興財源を捻出しなければならないのです。その財源を公債に求めようが税に求めようが、成長がなければ我々や将来世代の実質的な所得が目減りすることを覚悟しなければなりません。国債の日銀引き受けにより貨幣供給量を増やして景気を刺激するという案もありますが、経済そのものに成長余力がなければ単にインフレを起こすだけです。つまり、どのように財源を調達するにしても、一定の経済成長は不可欠なのです。電力供給制約の中での成長。これこそが、今回の震災が我々にもたらした試練なのではないかと、強く感じるようになりました。

そのための方策について考えてみます。第一は、既存の電力をより効率的に使うということです。例えば、東京の産業を西日本に移動させ、西日本の余剰電力を用いて経済活動を継続すること。あるいは夜間の電力余剰を用いて生産活動を行うと言うことです。長期的には、経済学者が提案しているように、電力価格の大幅引き上げなどにより、より効率的な電力の配分が実現するものと思われます。これらは比較的取り組みやすい戦略ですが、電力が有限だとすれば、この方法による成長にもいずれ限界はやって来ます。

そこでもう一つは、多少大胆な戦略を提案します。いわゆる20世紀型のものづくりに依拠した経済成長ではなく、もっとコミュニティレベルでの助け合いや支え合いなど、市場で評価されなかったサービスに経済的価値を与える戦略です。いわば、コミュニティビジネス、ソーシャルビジネスによる成長戦略といってもいいかもしれません。

これはたとえて言うならば、自治会・町内会やボランティア活動などを通じても十分な所得が得られる社会です。今、東京の地下鉄ではエレベーターやエスカレーターが停止し、足の不自由な方には大変暮らしにくい状態です。これまでの社会では、電気を使ってエレベーターを動かすことに対して対価を支払っていました。そうではなくて、足の不自由な方が地上に上がることを手助けする行為に対して対価を支払うのです。エレベータを作り設置するという、電力や地球の資源に依存した経済活動を、他者を直接支援するという人間を基本とした経済活動に置き換えるのです。これも立派な付加価値であり、金銭評価さえされればGDPの増加に寄与します。IT技術と併用すれば、少ない労働でより効果的なサービスを生み出すためのイノベーションも十分可能でしょう。

コミュニティビジネスによる成長戦略は、成長の結果得られる「豊かさ」の質がこれまでとは全く異なります。家電製品が増えるとか、携帯電話の機能が増えるとか、そういった物的豊かさから、地域の絆が深まるとか、困ったら誰か手助けしてくれる人がそばにいるとか、そういった種類の豊かさです。このような豊かさに我々が経済的価値を感じることができるかどうかは、この戦略を実現するための重要なポイントになるでしょう。

実は、我々が直面している深刻な資源制約という事態は、地球の資源が有限である以上、遅かれ早かれ世界が直面する事態なのです。今回の地震によって、我が国がその問題にいち早く直面したわけです。そのように考えれば、今の日本の状況を悲観的に考える必要はないと思います。人類が乗り越えなければいけない、資源制約下の成長という重要な課題に対して、我が国が一つのモデルを示す必要があります。そのような積極的な姿勢で今回の震災を捉える必要があるのではないでしょうか。

なお、私たちは、現在キャッシュ・フォー・ワーク(CFW)という、復興事業への被災者雇用を推進する活動を推進しています。CFWについては、こちらを参照して下さい。最近、CFWの先には、上記で述べたような新しい成長戦略が潜んでいるかもしれないと思うようになりました。例えば金子良事さんの論考「CFW構想の先にあるもの:復興から地域振興へ」の中にもその一端が伺えます。
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by the-road-of-japan | 2011-04-02 06:42 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団