NPO法人  motherboard 2011「日本の道」

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カテゴリ:☆避難所のあり方( 5 )


2011年 04月 21日

仮設住宅完成まで集団避難 高齢者の安心どこに

2011年04月15日10時00分(コンテンツ提供:高齢者住宅新聞2011年4月5日号)

 避難所環境劣化で県が苦肉の策

 宮城県では、第一次の仮設住宅1110戸を着工した。
第二次以降は順次決定していく予定だ。完成までには「半年から1年かかるのではないか」と県の地域振興課は見ている。
 家が倒壊したなどで自宅に戻れず、仮設住宅が完成するまで避難所で暮らすことを余儀なくされる被災者たちだが、一方で県は避難所の環境悪化を懸念する。
 「すべての避難所ではないが、ライフラインの断絶などでトイレなどの衛生環境はかなり劣化している。このまま同じ避難所で生活するのではなく、避難所ごと新しい避難所を探して移ってもらうことを検討している」(宮城県地域振興課)という。
 対象となるのは県内外の学校や集会所、パブリックスペースなどの既存施設。あくまでも仮設住宅が出来るまでの一時的避難という見解だ。
 また一方で、公営住宅などで受け入れを申し出る都道府県も出てきた。申し出は多くあるものの、県としてはその施設が避難先としてふさわしいかどうかも慎重に検討したいということから、決定は先になる模様。
まずは、避難所生活を送っている住民に避難所の移動を希望するかアンケートをとった上で、集団避難を進めるという考えだ。

移動希望は少数?健康状態懸念も

 沿岸部で壊滅状態となった南三陸町で、まず集団避難に関する住民説明会が行われた。
ただし何世帯が避難所移動を希望しているかは明らかにされていない。
 宮城県内でも特に被害の大きかった沿岸部は、高齢化率が30%を超えるところもあり、避難所でも多くの高齢者が生活している。
高齢者が体力的、精神的に疲弊をしているこの段階で、避難所の移動を申し出る人がどれほど多くいるのかは定かではないが、
健康状態には少なからず影響するだろう。
 また認知症高齢者にとって、短期間で生活の場を変えなければならないというのはリロケーションダメージを誘発しやすい。
 県の見解では、避難所の集団移動というのはあくまでも希望者のみということだが、特に高齢者においては長距離移動をしたうえで、避難所を変えることは、必ずしもいいとは限らない。
今いる避難所で生活環境を出来る限り改善していくしか方法はない。
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by the-road-of-japan | 2011-04-21 20:36 | ☆避難所のあり方
2011年 03月 01日

福祉バイオトイレ車、被災地へ

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優成サービスが宮城県石巻市で活動    2011年4月 1日号


 海老名市内の警備会社「優成サービス(株)」(八木正志社長)が独自に開発した福祉トイレ車両が東日本大震災で被災した宮城県石巻市内の避難所に設置され、障がいを抱える避難者のトイレとして活用された。

 同社ではトラックの荷台に簡易トイレを乗せた「現場用トイレ」に改良を加えた福祉車両を一昨年までに開発。昇降用リフトが設置され、身体に障がいを抱える人でも、車椅子に乗ったまま、個室に入ることができ、おがくずを利用し、汚物を処理するバイオ式を採用した。トイレ車はこれまで、障がいを抱える人の外出サポートや、イベント会場などへ設置され、行政関係者や介護関係者からも高い評価を受けていた。

 NPО法人を通じ石巻市でボランティアの受付体制が整ったことを知った八木社長は、即座に「出動」を決断。先月21日に社員2人とともに、トイレ車2台で現地に入り、高齢者や障がいを抱える人が避難している2施設にトイレ車を設置した。

 避難所には仮設トイレが設置されているものの、下水設備が復旧していない状況のため、水を使わずに汚物が処理できる仕組みのバイオトイレ車の設置は臭いや衛生面の観点からも非常に喜ばれているという。

 「現地の悲惨さは言葉では表すことができない。過酷な状況での生活を強いられている方々のことを思うと涙が出る。私どもの活動が少しでも障がいを抱える方々に喜んでもらえれば」と八木社長は話す。

 26日に一度、海老名に戻ったが、4月5日から再び現地へ入り、支援活動を継続する。
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by the-road-of-japan | 2011-03-01 19:01 | ☆避難所のあり方
2011年 03月 01日

各都道府県情報

被災者・避難者の住宅受け入れ先(一時/長期)

東北地方太平洋沖地震で被災された方及び福島第一・二原子力発電所事故に伴う避難指示区域に居住されている方などを対象に、全国の自治体などが公的住居へ受け入れを行っています。

入居を希望される方は必ず各自治体などのホームページを参照し受け入れ期間や必要書類等をご確認ください。(2011年3月19日現在)

※各自治体のご担当者様、情報の更新がありましたら、随時お寄せいただきたいと存じます。

詳細は下記をご覧下さい。
http://www.jpn-civil.net/for_disasters/post.html
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by the-road-of-japan | 2011-03-01 18:15 | ☆避難所のあり方
2011年 03月 01日

広域避難先一覧(住宅情報)

2011年3月24日 当ネットワーク情報チーム調べ
下記の情報があります。
http://www.jpn-civil.net/for_disasters/post_1.html
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by the-road-of-japan | 2011-03-01 18:14 | ☆避難所のあり方
2011年 03月 01日

黒田達雄「避難所はどうあるべきか」

   避難所はどうあるべきか  
阪神大震災における避難状況の特徴
1.大規模災害では大量かつ長期化 災害救助法では、避難所生活は1週間程度と想定され、とりあえずの安全確保として収容施設的な位置付けになっているが、阪神大震災でのピーク時(1月23日)の避難所は兵庫県下1153ヵ所、避難者数31万7千人に及び、その1ヶ月後も約960ヵ所、20万人を超え、ライフラインの復旧や大量の公的応急仮設住宅建設まで避難所生活は数ヶ月へと長期化した。また災害救助法による「現金給付」の不履行や「応急修理」の周知不足も、それに追い討ちを掛けたと言える。
2.避難形態の多様化と県外避難の続出 避難所の多くは小中学校などの大規模施設であったが、公的小規模施設や民間小規模施設が多数利用されたのも今回の特徴で、和室など小部屋のある保養所や宿泊施設の方が、長期の避難には有効であることが実証された。
また兵庫県も把握していなかった県外避難者は、朝日新聞(96年7月16日付)によれば約5万世帯、12万人とも推定(兵庫県推定:1万9千世帯、5万4700人)された。その県外避難の理由は、塩崎・森光「日本建築学会『大震災5年半・住宅復興の検証と展望』2000年9月」によれば、早く落ち着きたい47%、親族・知人の勧め46%、避難所におれない24%、被災地から離れたい24%、仮設住宅には入れない23%等(以上複数回答)となっていて、県外避難は緊急の避けられない有効な選択肢であることを裏付けている。
3.避難所生活環境の劣悪化と不十分な実態把握 避難者の6割が近隣の小中学校・体育館に避難したが、大規模収容施設でのプライバシーや高齢者・病弱者・乳幼児など要援護者への配慮は皆無に近く、長期の生活に耐えられる空間ではなかった。屋外テント避難者も同様で、仮設トイレ・仮設風呂の未整備、生活物資や生活関連情報の不足、市町職員による避難所の運営・支援体制の遅れと教職員への負担大、等々多くの課題を残した。
特に県外避難者の実態未把握と情報提供不十分は、仮設住宅入居や民間賃貸住宅の家賃補助、生活復興資金貸付制度、復興公営住宅応募などで、決定的に不公平な状態に置かれた。県は、2年も経った96年12月から「ひょうご便り」を他府県に郵送したが、最大でも1万世帯。住民票を残したままの県外転出や避難先からの再転居などは把握困難と言うが、テレビや新聞、他府県広報誌などで粘り強く呼び掛ければ、応答があったはずである。
5.被災地域住民の知恵・芦屋市津知公園テント村の事例 一方、芦屋市津知公園テント村は、地域住民の復興基地・情報センターとして、公園を周辺地域住民含む地域家族の「大住宅」になぞらえ、ゾーニングもパブリック(玄関、トイレ)、セミパブリック(居間、風呂、物資保管)、プライベート(寝室)とヒエラルキーを持たせた空間配置で、個の尊厳と地域コミュニティが維持された。まさに地域住民の知恵による、長期にわたる地域ぐるみの生活拠点となった(図参照)。
避難所のあり方と自治体の課題
第一に、多様な避難生活の実態把握と避けられない県外避難を明確に位置付け、不公平のない情報の提供や物心両面のサポート体制を整備しておくこと。特に県外避難者を公平に扱うための自治体間協定などの制度が必要で、県は2000年7月からの「ひょうごカムバックコール&メール事業」を2010年度も継続すると発表したが、他府県への周知徹底が求められる。
 第二に、長期避難を想定した多様な公民の小規模生活施設(福祉施設や保養所等)の事前登録とその耐震化が急がれる。新潟中越では自己敷地内のコンテナハウスも分散型避難所に指定され、多様なニーズに対応した多様な避難所の活用が、プライバシー確保と地域コミュニティの中での生活復興を促進させた。屋外テント避難所では芦屋市津知公園テント村が好例である。
 第三に、居住環境について厚生労働省は、阪神大震災の教訓から、H9年に「大規模災害における応急救助の指針」で「避難所の生活環境の整備」を策定し、避難生活に必要な設備・備品の整備や要援護者に対する福祉避難所も位置付けた。これは能登半島地震や新潟中越沖地震でも設置された。
 最後に、県もH13年に「避難所管理・運営の指針」を作成したが、マニュアルづくりは勿論、それに基づく平時の訓練も必要である。一方、県教育委員会がH10年にまとめた避難所の「運営期間原則7日以内」は、大規模災害ほど避難生活が長期化することからも見直しが必要である。
自宅に戻れた人と戻れない人との明暗は、この初期段階である避難所のあり方でも分かれることになった。            (黒田達雄)









県外避難者:全国でピーク時54,700人(兵庫県推計)
 兵庫県の対応:2000年7月からの「カムバックコール&メール事業」2010年度も継続、登録者969人中255人県内に、残り99人(大阪45人、京都6人、岡山4人、奈良3人他)、615人は県外選択と消息不明。
戻れない理由:希望の住宅がない33%、仕事・子供の学校22%、高齢・病気14%、
兵庫県に戻りたい県外避難者を中心に、「電話訪問相談員」によるきめ細かな相談・情報提供を実施している。
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by the-road-of-japan | 2011-03-01 08:24 | ☆避難所のあり方