2012年 12月 14日

20121130槌音チャリティコンサート当日のアルバム

一つ一つの演奏が宝石のように輝いていた。
聴衆は、感動の渦の中に巻き込まれていた。
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上の写真は、大槌町長
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上の写真は、大槌中学校の父兄の代表臺さん
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■出演者 吉川武典氏(トロンボーン奏者)のブログより
http://yoshikawa.sblo.jp/article/60443749.html

槌音

「つちおと」 と読む。

『音楽と触れ合う町 岩手県大槌町へ』
復興のエネルギーは音楽ホール 「槌音」 から!!

僕を大槌へと導いてくれているチームは、人が集まる場所として “ホール" を造ることを活動の柱にし、失い過ぎた町に、まさしく “復興を奏でる柱" を建てようとしている。

『三陸海岸・大槌には、太平洋を背景に水墨画のように美しい山々が連なります。山々の樹木は豊かな水を蓄え、大槌川と小槌川となって暮らしを潤し、ひょうたん島の浮かぶ大槌湾の湧水となり、豊かなミネラルを提供します。大槌の宝である海の幸は、そのミネラルを養分として命を授かっています。大震災の大津波は、町と命と想い出までも奪いました。

復興の第一歩は、人が集い、語り合う場を造ること。力を合わせ、復興のエネルギーを生む場を造ること。いま、心通わせる音楽の力を信じ、音楽ホール 「槌音」 建設を提案します。

将来に渡り、大槌の豊かな伝統文化が披露され、若者が活動し、音楽家たちを呼び寄せる音楽ホール。地域資源と人材が建設に携わる音楽ホールを、町の中心に!!』

大槌の音といえるが “槌音" という言葉には、もともと意味はある。

辞書 「つち‐おと【×槌音】
家を建てる時などに、槌で材木をたたく音。建築工事が盛んに行われているたとえにも用いる。「新都建設の―が響く」


夕べ、本郷の “求道会館" で、このホール建設の為のチャリティーコンサートが開催されました。参加した演奏家、演奏された曲達は多岐に渡り、強いメッセージが渦巻く、聞き応えのある内容となりました。

僕はスターターで、“ア・ソング・フォー・ジャパン"を吹く。改めて、外国からの支援があったことを、言葉にし音にする。
続いて、N響の仲間、大鹿さんらのトリオ、ショスタコーヴィッチの “5つの小品"。ショスタコのユニークかつ深みのある世界観が素晴らしい演奏も相まって、聴き手に歓迎されたようだった。
田中雅弘さんがソロで、黛敏郎さんの “BUNRAKU" と “鳥の歌" を。黛作品では、日本の空気感、 “間" を操りきったパフォーマンスが、時に神秘的に、時に声を荒らげ、強い空気を作り上げていた。
前半の最後は女性合唱による “わたしの楽器 君の手に" 。 このプロジェクトチームの支援のスタートが楽器を贈ったことだった。そこから、指導、コンサートを繰り返し交流は広がりと深みを増していく。定期的に現実を見つめることになるその体験と、大槌への思いの変化が、ホール建設へとチームを導いていく。

後半は、佐渡裕さんのビデオによるエールから始まる。
続いて、プロジェクトを受け入れてくれ

「大槌を音楽の町として復興したいのです」

とまで思いを強くしてくださっている町長さんのご挨拶。地元と私達のパイプのようになってくださっている、大槌スポーツ少年団の代表、臺(だい) さんのご挨拶と続く。

大野雄太君のアカペラホルン “南部牛追い唄" は、地元出身者としての、極めて説得力のある演奏。演奏というより、ホルンを通して民謡を歌い上げ、喋り、それをメッセージにして伝えようとしているようだった。
栃本プロフェッサーはガラリとムードを変え、スパークの “マンハッタン" を。ジャジーで素敵な和音、伸びやかなトランペットのサウンドが、聴衆の心をニューヨークのステキな夜へといざなう。
栃本さん、大野君と僕でプーランクのトリオを。20年ぶりくらいに取り組んだが、三本のサウンドだけで、プーランクの独特の世界観にチャレンジするのは、エキサイティングなもの。トランペット、ホルンの下を自分のサウンドだけで支えるのは、なかなかにムズ楽しい、やり甲斐のあるものだった。
大谷康子さんの “愛の喜び" “チゴイナーワイゼン" で、聴衆のテンションも一気にあがり、小曽根真さんへと、コンサートもクライマックス。
興奮を呼ぶピアノソロが繰り広げられた後、なんと御年83歳のジャズクラリネット、北村英治さんが飛び入り。大病の直後とは思えぬそのフレッシュ過ぎるサウンド、プレーに、客席のみならず楽屋の僕らも完全に魅せられた。 若造?の僕には当分へたばる権利はないんだな、と。
イケメンミュージカルスターも小曽根さんをバックに美声を披露。
ラストはホーンプレイヤー全員と小曽根さんで、大槌のテーマ曲 “ひょっこりひょうたん島" で賑々しくフィナーレ。バンマスは、大槌高校3年、臺さんの息子、臺隆裕君が務めた。彼は来年の春から、東京でトランペット奏者になるべく、学び始める。

全てが終り、主催者に駆り出され臺隆裕君が、被災者を代表して挨拶をした。

「震災の後、被災者として亡くなった方々のために自分に出来ることはなんだろうと考えました。僕にできるのは、その人達が確かに大槌の町に生きていたんだということを忘れないでいることだけだと思いました。皆さんも、是非忘れないでください……」

深く心に染みる、被災者にしか表明できないメッセージだと思った。

高校3年生の男の子の挨拶としては、驚くほど紳士的できちんとしており、内容も一点の曇りもない大人のメッセージだった。素晴らしいお人柄の臺さんの家庭に育った若者だから、とは想像しやすいが、頼もしいと感じると共に、少なからず複雑な気持ちもわく。大槌中学の子供達にも同様の健気さを感じる。被災した彼らが一番辛く大変なことが多いはずなのに、礼儀正しく、一生懸命支援に対する謝辞を連呼する。それだけ、震災の悲劇が大きかった、ということだと理解した。彼らは、必ずやたくましい大人になっていくことだろう。

僕は、臺君のメッセージをしっかりと受け止めた。
忘れない。

客席の多くの涙と共に、価値あるコンサートは終りを告げた。
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by the-road-of-japan | 2012-12-14 06:45 | ■甦れ釜石・大槌町!支援集団


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