2011年 04月 09日

新建千葉支部 鎌田一夫氏の報告

先遣団第2陣、東京支部の柳沢・林・松木・安達さん、住まい連坂庭さん、私(鎌田)は、山形の実家に寄った安達君を残して9日夜に無事帰京しました。詳しい第一報は週明けに松木君から発信します。
7日の早朝仙台入り、岩渕さんご提供のマンションで仮眠。朝、阿部さん岩渕さんと合流し、仙台市の荒浜地区(すべてなぎ倒された田園地帯)へ、その後仙台の丘陵住宅地(連続的な地すべり被害)。午後は、宮城支部、鈴木先生、ボランティアの人、県建築センターの三部さんに先遣団で合同会議。情報交換だけでなく、少し突っ込んだ議論も。その夜、震度6の余震に遭遇。
8日は石巻を目指すも、余震の影響の交通渋滞で多賀城・仙台港を経て、仙台長町の仮設住宅現場を見る。午後は名取市の海岸地区へ、ここもなぎ倒された田園と市街地だが、ちょっと気になる発見?も。そこで、石巻の会員佐々木さんと連絡が取れ、翌日の石巻行きを約し、避難所で必要な品を聞いて買い込む。夜は、阿部・新井さんと情報交換。
9日は佐々木さんの案内で石巻旧北上町へ。分庁舎も小学校も十三浜のひとつひとつの集落もすべて壊滅状態。力強く家族を守ったご夫婦の話を聞き、支援の品を避難所へ。170人の人々が力を合わせて暮らしており、何とお昼をご馳走になった。
平坦な海岸部、リアス式の入り江、丘陵住宅地、街中、様々な被災状況を見ることが出来た。また、被災した方、避難所での暮す人、行政関係の人、学者、ボランティア、多くの人たちと話が出来た。
まだ、整理は出来ませんが、十三浜の避難所の副本部長が「行政もここまでは手が回り切らないだろうが、仮設住宅の用地も復興住宅も自分達でやるぐらいの覚悟はある。そのためにも国のしっかりした支援が欲しい」と言う言葉が心に残っています。

千葉支部 鎌田一夫
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by the-road-of-japan | 2011-04-09 23:40 | 被災・復旧状況


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